こんにちは。
以前、中国の少数民族言語の文字について取り上げました。
伝統的なものや、新中国成立後に新しく作られたものを合わせ、中国には本当にたくさんの文字表記が存在しています。
中国少数民族言語のラテン文字表記
その中でも、特に特徴的なものが、ラテン文字での表記方法です。
これは、特に元来文字を持たなかった言語や、文字を持っていたが一部の特権階級のみが使用していて普及していなかった言語などにおいて、中国政府により新しく作られた、もしくは新しく文字として公認された表記方法です。
ラテン文字で文字を表記すること自体は、あまり珍しいことではないのですが、中国で特徴的なのが、「声調をラテン文字で表記すること」です。
チワン族のチワン語の例
中国において、ラテン文字で表記される言語で最も人口が多いのは、おそらくチワン語だと思います。
チワン語は、中国の少数民族の一つであるチワン族によって話されますが、チワン族は同時に中国で人口が最も多い少数民族です。
チワン語は、中国語学習者にとってもあまり馴染みのない言語かもしれませんが、実は意外と身近なところに表記されていたりします。
それが、こちらのサイトにも書かれていますが、中国の人民元紙幣です。
人民元紙幣の裏面、上図の③のところに、チワン語が記載されています。
記載されているのは、
Cungh goz Yinz minz Yinz hangz it bak meanz
という文字。
これは、
Cungh goz Yinz minz Yinz hangz it bak meanz
中 国 人 民 銀 行 一 百 蚊
と漢字に置き換えられます。
チワン語はタイ・チワン諸語に属する言語で、タイ語と似ている言語ですが、語彙の上では漢語を大量に借用している影響で、上の文もほぼ漢語由来だと推測できます。
ここでポイントなのが、各音節の最後にあるラテン文字です。
(例:Cunghのh、gozのz、Yinzのz等)
これらの文字は、声調を表す記号です。
- Cunghをチューングフ
- gozをゴーズ
- Yinzをインズ
のように読みたくなってしまいますが、読みません。
Cungは、カタカナで表せばチュン、gozはゴ、Yinzはインのように読みますが、最後の文字はその文字に沿った声調で読みます。
- hは平坦なトーン
- zは低く下がるトーン
のように発音します。
言ってみれば、中国語で声調を第一声、第二声のように数字で表すところを、チワン語ではラテン文字で代用しているのです。
ちなみに、この表記を知人に紹介したところ、
「なんと凶悪な綴りだ」
と評価されたことが印象的です。
彝語、ナシ語、リス語の声調表記比較
上のチワン語の例のように、中国では他の少数民族言語もラテン文字での表記を定めています。
その表記の仕方について、今回は、同系統の言語である、彝語、ナシ語、リス語で比較してみたいと思います。
この3つの言語は、どれもラテン文字での表記が定められており、チワン語と同様、声調はラテン文字で示されます。
この3つの言語について簡単に紹介しつつ、声調の表記を比較してみます。
彝語
彝語は、彝族によって話される言語です。
彝族は、中国で7番目に人口の多い少数民族で、主に四川省の涼山イ族自治区の周辺に居住しています。
本題と関係ないですが、筆者は、最近この漫画を読んでいるのですが、そこにもイ族について描かれています。
歴史的に、チベットや漢民族ともつながりが深く、他文化の影響を受けながら独自の文化を発展させてきました。
言語的には、チベット語やミャンマー語に近い系統の彝語を話します。
声調表記
彝語は方言差の大きい言語とされていますが、今回は最も規範的な方言とされる涼山イ族自治州の彝語を取り上げます。
涼山彝語の声調は4つ。声調マーカーとの対応は次の通りです。
調値 | マーカー | |
第一声 | 55 | t |
第ニ声 | 34 | x |
第三声 | 33 | 無 |
第四声 | 21 | p |
ナシ語
ナシ語は、ナシ族によって話される言語です。
麗江は、世界遺産にも登録されている街で、ナシ族によって作られた街です。
今では、中国でも人気の観光地となっています。
そんなナシ族によって話されているナシ語は、「トンパ文字」でも有名です。
「トンパ文字」は世界で唯一の現存する象形文字とも呼ばれます。
ナシ語は、彝語に系統が近い言語とされています。
声調表記
ナシ語の声調は4つ。声調マーカーとの対応は次の通りです。
ナシ語 | 調値 | マーカー |
第一声 | 55 | l |
第ニ声 | 33 | 無 |
第三声 | 31 | q |
第四声 | 13 | f |
リス語
リス語は、リス族によって話される言語です。
リス族は、中国以外にもミャンマーやタイ・インドにも広く居住する民族で、合わせて100万人程度いると見られています。
そんなリス語は、彝語やナシ語に近い系統の言語とされています。
声調表記
リス語の声調は6つ。声調マーカーとの対応は次の通りです。
リス語 | 調値 | マーカー |
第一声 | 55 | l |
第ニ声 | 35 | q |
第三声 | 44 | 無 |
第四声 | 33 | x |
第五声 | 42 | r |
第六声 | 31 | t |
3つの言語の声調表記をまとめてみた
3つの言語の声調表記を下にまとめてみました。
- | 調値 | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
- | 平調 | 上昇調 | 下降調 | ||||||
言語 | 55 | 44 | 33 | 35 | 34 | 13 | 42 | 31 | 21 |
彜語 | t | - | 無 | - | x | - | - | - | p |
ナシ語 | l | - | 無 | - | - | f | - | q | - |
リス語 | l | 無 | x | q | - | - | r | t | - |
<共通点>
3言語に共通して言えるのが、各言語の中間的な高さの平調を声調マーカーなしに設定していることです。
彝語とナシ語でいえば33の高さ、リス語でいえば44の高さです。
その高さを基準として、それよりも高い音、もしくは低い音はマーカーが必要で、それをラテン文字で示しているとも言えます。
<相違点>
今回比較して感じたのは、同系統の言語で、同様にラテン文字で表記されるのにも関わらず、声調マーカーとして使用している文字に統一感がないことです。
一部、ナシ語とリス語の55平調の「l」など、似たような使い方の部分はありますが、他の文字ではまるで統一感がなく、同じ文字でも上昇調を示したり、下降調を示したりしています。