こんにちは。
今回は、日頃の外国語学習をしている中で感じたことを書いていきたいと思います。
「やればできる」ということば
みなさんは、このことばを聞いて、どんなイメージを持つでしょうか。
筆者の偏見ですが、マイナスのイメージを持つ方が多いのではないでしょうか。
筆者はそのイメージがありました。
「やればできる」の場面イメージ
このことば、どんな場面で使われるイメージがありますか?
筆者の個人的なイメージとしては、例えば:
- 部活動などで、指導役が頑張っている学生にさらにやる気を出させるとき
- 会社で社長や上司が社員に残業を強制させるとき
などに使われるイメージがあります。
このイメージは、「やってもできないこと」もしくは「もうすでにやっていること」に対して使われるイメージが非常に濃いということです。
このことばを使う側が、指導するもしくは管理する能力が著しく欠けていることを隠蔽するために使われるイメージがあります。
いわゆる「根性論」で使われるイメージがあります。
外国語学習においての「やればできる」と「才能」
みなさんは、外国語学習において才能は重要だと思いますか?
外国語学習においての才能とは何を指すでしょうか?
- 一回聞いたらすぐに覚えられる能力?
- ネイティブの発音を真似できる能力?
確かにこういった「能力」は無いよりあった方がいいかもしれません。
しかし、こういった能力が本当に一番大事なのでしょうか。
このブログでは、外国語学習においては「継続すること」が最も大事だと書いてきています。
上にあげたような能力があったとしても、継続して学習しなければ上達はしないでしょう。
逆にいえば、このような能力がなかったとしても、継続して学習していれば必ず上達するということです。
これが語学の強みでもあります。
そして、この「継続すること」を「やること」と言い換えれば、語学においては「やればできる」が成立することになります。
しかし、これは根性論でもなんでもなく、継続すること自体は誰にでもできることであるはずです。
外国語学習は無理にやるものでもありません。
強制されるものでもありません。
あくまでも自分が自分に対してやるものです。
まとめ
「やればできる」ということばは、
他人が強制するものでもなく、
やらない言い訳として使うのでもなく、
自分の外国語レベル上達のために、ある種目標設定のような形で意識しておいて良いことばなのかもしれません。